占い師なのに、 どうして人生でつまずくの?

学生時代、
とにかくよく悩みました。

 

悩み過ぎて、
哲学や宗教学などに
のめり込んだんです。

 

でも、
二十歳の事故をきっかけに
悩むことを一切やめました。

 

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占い師なのに、
どうして人生でつまずくの?
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僕は、とにかく
変化の多い人生。

 

チャレンジすることが
常に義務づけられている
そんな日々でした。

 

その度ごとに、
いつも人に助けられます。

 

いまでもそうですが

とにかく人材には
恵まれ続けています。

 

必ず、その時期ごとに
助けてくれる人が
ちゃんと現れるんです。

 

ぼく自身は、
特筆すべき才能は開花せず、

モチベーションも
かなり低い部類の人間です。

 

にもかかわらず、

毎年のように
チャレンジさせられます。

 

これは、もう
本能のようなものです。

 

チャレンジする人と
チャレンジしない人とでは
大きな差があります。

 

前者は
毎年のように苦労があります。

 

後者は、
至って平和な日々でしょうね。

 

僕は立場上、

プロの占い師や経営者から
相談を受けることが多いです。

 

大先輩の占い師さんから
意見を求められることも頻繁です。

 

もちろん占い師だって
迷ったり悩んだりします。

 

占い師だって人間だし
万能じゃないから。

 

でも占いは、

「その理由」を教えてくれるし、
より近道を示唆してくれます。

 

占い師なのに、
どうして人生でつまずいたり、
失敗したりするんでしょう。

 

当たり前ですが
占い師だって人間。

 

やはり大事なのは
その人自身の性質によるでしょう。

 

あと、環境も。

 

さらに、
その上に運勢がついてくる。

 

「性質+環境+運勢=結果」

なのです。

 

安易なプラス思考は、
ほとんど意味がありません。

 

それは、まるで

ルールブックに基づいて
下された判定に

審判の判断を
覆そうとする状態になります。

 

「ちょっと待って!
いまネガティブと判断されたけど
本当はポジティブなのでは?」

という感じ。

 

安直なプラス思考というのは、

ネガティブな気持ちを
「考えがえないようにしよう」
としているにすぎません。

 

これは、審判に

「すみません、この判定を
無かったことにできませんか?」

とお願いしている状態です。

 

すでに判定は
下されているのです。

 

結果を覆すことも
なかったことにするのも
あまり意味がないんです。

 

プラス思考のときに起こる

「もっとポジティブに考えたい。
でも、、、」

という心の葛藤は、
審判と言い争っている状態なのです。

 

僕の「やる気」は
常にネガティブ由来です。

 

決して
ポジティブ思考ではありません。

 

苦しみから逃れるために
楽な方法を探し出す。

 

楽に生きるために、
好きな仕事だけやる。

 

ただシンプルに、
そうしているだけなんです。

 

そのためには

いまできることを
精一杯やって生きるのみ

なんですよね。